昭和52年08月27日 朝の御理解
御理解 第76節
「人間は人を助けることが出来るのは有難いことではないか。牛馬はわが子が水に落ちていても助けることが出来ぬ。人間が見ると助けてやる。人間は病気災難の時、神に助けてもらうのであるから、人の難儀を助けるのが有難いと心得て信心せよ。」
いろいろ様々な、それこそピンからキリまでの助け方というのが御座いますでしょう。けれども今日、私が思わせて頂くのは、「人間は病気災難の時、神に助けて貰うのであるから」とありますね。だから自分自身が神様を信じ、自分自身が助けられておる自覚に立って、そして人を助けると言う事になったのが、一番本当の、人を助ける事が有難いと言う事になるのじゃないでしょうか。
有難いと人を助けて、自分自身が有難くなれれる様な助け方をさして貰わなきゃならんと思うんですね。ですからそこには恩着せがましいものは全然ない訳ですね。もう本当に助かって帰る。それが自分自身が有難い。あの人を助けてやったけれども、恩も義理も知った人じゃない。まあ形でというかね、助けたのは得てしてそういう結果になります様ですね。ですけれども自分自身が助けられて、自分自身が愈々の時には神様から助けられるという確信を持って、そして人の難儀が見ておれないという助け方。
そこにはね、条件がないですから、自分自身が嬉しう有難くなるです。先日から椛目の田中の楽長をしてます息子が、御承知の様なあんな、言うならば一人前でない様な様子をしておりますし、働きもだからどこんでも働きが出来ない。鉄工所に永年働いてからこの頃からも、何とかという鉄工所でも一番最高の古参で、一番永く勤めたというので表彰を受けたと言うてから、お礼に出て来とりましたが。
そのあんな状態ですから、何か上役の人から大変こっぴどくやられて、もうお前の様な奴は明日から出て来んでよいと言われた。いうなら首になって帰って来て、大変悲観して帰って来た。それを私の方の隣に住んどります娘婿が池尻です。その翌日から毎日その定男さんの就職の事に付いてお願いをする訳です。それが自分達のお供えの十倍位のお初穂をちゃんと包んでからお願いをするんです。お願いをしてやりよると言った様なものも全然感じられんのです。誰も知らんごたる感じです。
けれどもやっぱり目の当たりに、本当にあの人の、言うなら私は本当に思いますけれどもね、その大の男が中心で一生懸命働いておって、生計が保たれないという人もありますよ。そりゃ立派な息子は何人も持っとるけれども。どれもこれも加勢にゃならんというのもありますよ。けれども勿論あそこは一人息子で、人間もそんな風な訳ですから給料も勿論安いでしょうけれども、細々ながら定男さんの言うならば働きで一家を立てて行っておる訳です。しかも今子供が三人か四人か居りますよね。
それだけでも田中さんおかげを頂いとるなと思うんですけどね。所がその一本足で育てておる定男さんが、首になったといって悲観しておるのを見て、もう隣におりますもんですからもう切実にどうでもこの人が助かって貰わにゃならん、この人がよか就職を頂いて貰わんならんというので、もう真剣にそれも今言う、どの位真剣に思うておるかと言う事は、お初穂で解りますよね。
人の事のお取次どうでもやっぱり定男さんが助かって貰わにゃならんというので、まあ十四五日続きましたでしょう。それで昨日一昨日本人のお母さん、いわゆる田中さんがお礼に出て参りまして、こんな訳でしたけれども、おかげ頂いたと言うてお礼に出て来ました。というのは、前日に先方から手紙が参りましてね、鉄工所の方から。それでその十何日も出て来んが、どうしたのであろうかと言うて、まあ心配した様な手紙だったそうです。けれどもあの人でなからにゃ出来ん所があるらしいんですやっぱり。
それで明日からどうもないのならば、出て来てくれる様にと言うて、そのあったから大変喜こんでまあ明くる日から、今日からもう勤めに出よりますと言うて、お礼に出て来ましたからこの事はね、あんた方からの願いじゃなかったけれども、隣の池尻がずっとこうやって、お届けがありましたよとは言いませんでした。でなかったらね勝美さんと言いますもん娘婿。勝美さんの真心が何かね薄うなる様な気がしましたから。
そして一昨日から丁度、学校の先生をしとりますから、学校の用で久住の方へ行っとります。それでその事を聞いてから、それにも倍したお礼のお包みをさして頂いて、勝美さんがお礼に出て来ました。だから言われんです。ですからその喜び、本当神様がいうことを聞いて下って、十四五日間見ておっても気の毒な様な状態の中に助かっておかげ頂いて、喜々として喜んで勤めに出るのを見て、それが有難いのですね。
大体あの勝美さんというのは、そういう人なんです。もう人の見らん所、知らん所で一生懸命力を入れる。ですからもう田中さんに例えばそれを言うたら、ああそんな事でしたか、それはおかげ頂きましたと喜ぶに違いないですけれども、そういう喜びではね、今度は折角の勝美さんの信心に傷が付く様な気がするんです。私は自分自身が助かっておる、自分自身がおかげを頂いておる。そして人の難儀を見過ごす事の出来ないと言う所から、もうそこには条件がない無条件。
しかもこういう特別な事をお願いするのであるからと、普通なら百円で済む所を、千円なら千円のお供えをさして貰うて、その毎日お届けをするんです。まあ娘婿ながら私は何時も感心しますけども、この事についても感心し、だから田中さんにも言わなきゃ、なら勝美さんにもこげん言うたとも言わん。本当におかげ頂いたと言うて喜びますから、私も一緒に喜ばして頂いたですけれども、そこにはね尽きる事のない、限りのない喜びにひたる事が出来るんですね勝美さん自身が。
私はギリギリの助けると言う事はそう言う事じゃなかろうかとこう思う。金のない人に金を貸してやる。物がない人に物を与える。そりゃやっぱり助ける事に間違いないです。だからそれでもです。頂いた者現物を貰うから嬉しいから、本当あの人の御恩は忘れられんと思うて、矢張り恩を忘れん人もあるかも知れません。又忘れる人もあるかも知れません。もし忘れた人どんがあると、あの人どんが若い時にはもう、食べ物から着物までやった、恵んでやったから、あの人達は大きくなっとるとですよ。
というごとなって来る。だから自分自身が助かっておらなければ、本当の助けると言う事は出来ない。「病気災難の時に、神に助けて貰うのであるから、人の難儀を助けるのが有難いと心得て信心せよ」である。有難いとその事がね。赤の他人の誰彼の事が祈れれる、願えれれると言う事が有難いだけではない、その祈りだけではない、願いだけではない。そりゃ祈るだけなら、天下国家の事でも祈られる。
隣近所の事でも祈られるけれども、祈るからにはそこにね、決してそれはお供えしてから願えということではないですよ。けれども、その祈りに匹敵する様な信心をさして貰うて、祈らなければ、それは空祈りの様な事になるのじゃないでしょうか。それは難儀な人を見る、お導きをする。もう確かにそこから助かる手立てが出来て参ります。皆さんも御承知の様に、久留米に笠さんと言うて、自動車の修繕をなさる方、この方大変におかげを頂いた人です。笠さんは大体何とか大変面白い病気でね。
外に出られない人に会うごとないという病気だったんです。一番初め御神縁を頂かれたのは。もう自分だけの小さい世界に入り込んでしまうという病気なんです。色々おかげを受けられて、そしてもう大変あちらの塚本さんと言いますかね、有名な醤油屋さんがあります。そこの大将が、余り真面目にやるもんだから感心して、家内子供を抱えて、大事じゃろうから、自分方の土地に貸そうと、今の急行電車のすぐ横に、広い空地を無償で貸されて、無償同様で貸された。
そして自分でまあ行って見た事は御座いませんでしたけれども、皆さんは知っておりましょうけれども、自分で建てた家というのじゃから、小屋の様な家じゃなかったろうかとこう思います。けれども広場がありますから、修繕するあれには、大変空車なんかも入れられるような場所で、なさっておられたのが一番始まりでした。所が急行電車があんなに拡張されまして、そこの所を急行電車が通るようになりましたもんですから、矢のつけ火のつけ、言うならば一年後には、一年前には明けてくれと言う。
所がお願いをしてもお願いをしても、代わりの良い土地がありません。神様はギリギリまで放ってよいというけれども、今度は塚本さんの方が腹立てられなさった。その大御恩義のある人ですから、又ああいう律義な方ですから笠さんは。もうそれは気の毒うして気の毒うしてこたえんけれども、神様がまあまあ待てといいなさる、とうとうしまいには、私が、当時の椛目にお参りしよりますが、椛目の先生が「必ず間に合うて、愈々一年後には間に合うから、それまでそのままじっとしておけ」と言われた。
そげな事があるもんのというて、かんかんに今度は腹立てられる。けれども、神様はそう言いなさるからというて、ちょうど一年間あまり、ちょうどあと何ケ月という時に、それこそ堪りかねてから、塚本の大将が笠さんと同道で椛目に見えました「あなたがそういうことを言いなさると言う事は、人道上にも関わる事だ。私は本当に無償同様で、この人が真面目な人間だからと思うて無償で貸してもおる。無償のような状態で、しかも広々とした土地を貸してある。
自分で家を建ててそこに住んで、生計が立つから、まあ嬉しい事だ、有難い事だと思うとったけれども、愈々になったら、この人が出るの出らんのと言やせん。出ます出ますと言うだけで、一向にはかいかん。話を聞いてみたら、椛目の金光様が、そげん言はっしゃったげなというので。」とここへ見えましたから、「私が責任を負いますから、お宅の愈々明け渡さんならん時には、私が責任持ちます。」「いえ、あなたがそげんいうて頂くならば。」と言うて帰られました。
それからもうあと一月位という迫った時に、もうそうにゃ家を探されましたけれども、無かったけども、ほんの町内にあったんです。長年風呂屋さんをしよんなさった方が廃業されて、風呂屋さんの、そこには全然気が付かなかった。そしたらそこを借りたらどうですかと言うて下さる人があったから、もう一も二もなしに、だから二階をずっと住まいにして、下は風呂屋さんでしょう広いですから。現在の所です。
まあ今いうならば本当に無から有が生ずる様な、その時には塚本さんがね、あちらのお醤油と何かを沢山お供え持ってですね、お礼に出て見えました、塚本さんが。という様なエピソードの様な話が、この人にはいくつもあるです。もう本当に落語か何かに出て来る主人公の様に、もう真っ正直のですね。例えば千円というて、いえこげんして貰うては、千円てんなんてん足らんというて、二千円払われるとシャッチ返しなさる。それで口論になってからする様にその、まあ今時珍しい方なんですが。
おかげも本当に頂かれるです。
それで自分は職人は雇わん。結局息子に後は継がす。職人では仕事が疎かになると言う訳です。それで自分が思いをこめて仕事させて頂くんだからという。それで繁昌のおかげを頂いて。そして毎日ああしてお参りになって見えます。これなんかでもです、とても今時そういうですね、本当に落語のネタにでもある様な、例えば旦那さんが、この人は真面目だからと言うて、そんな広々とした家を無償で貸すとか、そこに家を建てて住んでおけとか、そういう人はありませんよ。言うなら人を助けたんです。
ところが今申します様に立ち退けと言えばすぐ立ち退くと思うとったら、どっこい立ち退かないもんですから、何年も前から随分辛抱しておられたらしいですけども、もう後愈々一年に迫ったという時にそういう様な事になって、当時の椛目に出て見えられたんですけれども。これなんかもです、結果においては助けられたんですけれども、その途中でね、あれが合楽の金光様が、中にちょっと入られたから、いよいよ助けられたと、今でも御恩を忘れられません。もう塚本さんの事は、神様の様に言われるです。
けれどもそういう神様の様な人でもです、言う事を聞かんと、言うならばいくら助けてやっても同じ事、といった様な条件がね、出て来とる訳ではないけれども、なら結局自分自身が助けられて、そして神から助けられておる確信、自分は何ぼでも神様が助けて下さるのだから、何ぼでも助ける働きをさして頂こうというのとは違うでしょうが。笠さんそんな方ですから、なかなか変わって。もうああして見えられて、久留米地方からバスで参って来る。丁度あります。
もう絶対私の車に乗って帰んなさらんかと言わっしゃらんそうですね。そして今度は、乗せてくれと言うたら、もう絶対家まで送ってやんなさるそうです。先日なんかも汽車に間に合わんと言いよんなさる人を、そんなら鳥栖まで行ったら十分でしょうからと言うて、鳥栖まで送って頂いたと、言われんから分かりませんけれども、助けて貰った人がお届けするんですよ。けれども自分からは、どうぞ乗んなさらんかとは。是は自分でもまあだ事故を起こした事がない、と自分でも自信を持っておられなさるけれども。
何時どう言う事があって乗せておって事故でもあったら、この人に対して相済まんという笠さん流の考え方なんでしょうね。けれども乗せてくれと言や、それこそ久留米まででもよかつを鳥栖まででも乗せて行うという様な、非常な親切の強い人ですね。そういうのが私は本当に人を助るというのじゃないだろうか。自分が助た事によって、困る結果になる様な助方は本なもんじゃないと言う事です。
はあこの人が喜びなさるじゃろうと思うて車に乗せた。そしたら事故に遭うて怪我しなさった、と例えば万が一の事までおもんばかってのいうなら心遣い。というて乗せてくれと言や乗せてやる。乗せさせて貰うて送らせても頂くという様な頂き方。今日は私はギリギリの助けると言う事。本当に助けると言う事。それをただなら決して親切やら難儀やらを、物を施したりしてはいけないというじゃないです。それも出来る上にもう一つ、もう一丁向こうの方の奥の、いうならば助け方。
それは自分自身が信心によって、自分自身が助かって、おかげを頂いて、自分は神様からなんぼでもおかげを頂くのであるから、サッサと助ける事に使わせて頂くと言う事。こちらの方には条件がない無条件。そういう無条件の助け方の中にです。信心の喜びというものが感じられる。本当の信心の喜びというものは、そこから感じられるのではなかろうか。私はあんたが事をお願いしてやりよるばい。
私はあんたが事ば、毎日お届けしてこうしよるばいと言うのであっては、もう愈々半減する様な、いや相手は助かります必ず、お届けしよるから。けれども自分自身が嬉しいな喜ばしいなという心が生まれて来ない不思議に。それは自分が助けてやったと言う様な気持ちがあるからではないでしょうか。助けさせて頂く。それは先ず自分自身が助からなければならない。「人間は愈々の時に、神仏に助けて貰うのであるから、人の難儀を助けるのが有難いと心得て信心せよ」と。その事が有難いと心得て信心せよ。
まあ笠さんの話を聞いていただきました。池尻の話を聞いていただきましたがね。そういう助け方の出来れる、いうならば示現活動と申しましょうか、そういう働きが出来れることが、もうこよない、自分の信心の喜びであり、楽しみであるという様な、おかげを頂きたいものですね。たしかに牛馬は自分の子供がおぼれておっても、助けることは出来ません。人が見るとそれは助けるという訳ですけれども、その助けるというその事が自分はまだ深いものがない。
本当の助ける事にならんから、ちゃんとそれは見殺しにしとけと言う事では決してないんですよ。自分はまだ信心が出来とらんとじゃけん、だからこげな助け方は本なものじゃなかけんでと、溺れよるとを見殺しにすると言う事じゃないですから、その辺の所は間違えんごとね。けれどもより本当の助け方、助けさせて頂くと言う事は、今日皆さんに聞いて頂いた様な所に、触れて行くと信心が愈々深い喜びを、頂く事が出来ると私は思うですね。
どうぞ。